周りがゆれる
ときと
わたしがゆれる
ときがある
体幹があると
周りがゆれても
たっていられる
周りがゆれて 私もゆれる
ほどの激震もたまには
あるだろうが
多少のゆれは
わたしを揺るがすことはない
逆にゆれてしまってるときは
周りがほぼゆれていなくても
ゆれてしまう
結局は周りがどうであれ
わたしの軸をぐっと
持っておくこと
嵐であっても凪であつても
わたしはわたし
ゆれるのがこわくて
目隠ししては
傷つくのがこわくて
すすまないときは
たまにはあるだろうが
ぐっとたてるとき
そのままで
まわりのゆれも
感じられる
体験できる
俯瞰するかのように
影響れない
そのまま
で
何ひとつ
傷つきもしなければ
何ひとつ
ゆらされやしないのだ