苦味は蕾
苦さの花弁は生命そのもの
その花弁を自らひらきたれば
芯の蜜、実の香
木の根、幹
はては土の気配
水のしみわたる
いづこまでも広がり
世界が巡りゆくのを知る
苦さが解かれてやがて甘さに
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さみしさを感じることが
定期的にやってくる
それはなにかことがあって
感じるときもあれば
何もないのに
なにかと結びつけようと
秋だから、とやりすごそうとしていたが
その感情にのみこまれそうに
なっていた
ある日
いつもより深い珈琲をいただいた
苦みという深い層が表にみえる
壁なのか扉が、なのか
もしくは花弁なのか
中になにかがある
と思う
深く苦味を感じるが
一口、ふた口と
口にするたびに
その扉を
その包まれているなにかを
しりたいと
口にするたびに
ひらきたいと
扉をノックする
開きかけたが
なぜ私がそこに惹かれるのか
そこにはなにがあるのと
2杯目をたのんだ
苦味の纏いは
さみしさに似ている
それがなぜそこにあるのか
さみしさにはできたら
近づきたくない
のみこまれそうになるから
なのに私はそれに近づこうとしている
しかし近づいてみると
その液体に纏うものは
さみしさのふりをしたなにか
(何かのとびらの鍵のようだった)
もう少しこの苦味を味わおうとすると
さみしさのようなものは私に
触れてくる
けれどわたしに触れた
そのさみしさの花弁は
器から放たれると
苦味でもなく
さみしさでもなかった
表層のさみしさの奥には
豊かな平野があらわれた
そこはときとして
湖辺というかもしれない
清水の湧く森というかもしれない
珈琲然り
さみしさ然り
苦味は蕾み
ひとことでいうなれば
韻という言葉が響き渡る