かやつり草

日々の、おもいたつこと

親和性

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どろどろの、もう潜っていたいような

はずかしさがとてつもなくおとずれてくることがあって

また姿を隠そうとしたい衝動に駆られるとき

 

歩いていると田んぼの水張りの水面が

風で鳥の羽のようにさざめいたのです。

 

なんてことのない

ただそれだけのことなのに

私はその時泥の中にいる気持ちで

けれど光と風が

でておいでよ、と

そっと撫でられたような

そんな気がしたのです。

 

毎週のように相手がいる中で言葉を編みだすのは自己逃避を避けることにはなるのだけれど

何分自分の弱さとも向き合わなければいけません。

 

うみだすときには多少の苦しみがあるけれど

その先には喜びがあるということを

その一瞬の風が瞬間的におしえてくれた

そんな朝でした。

 

暗闇にいるとき光などいづこへ

となるけれど

その間に水があること、それもとてもお互いを親しくなるための媒介であること。

 

(ああ何も浮かばないもうお風呂に入ろうというのもきっとそう。)

バプテストのヨハネにキリストが洗礼をうける

習いもきっとそういうことなのだと

 

そしてそこには

やはり

歌があるということも。

 

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強くなる陽の光に

薄暗い木陰を求めるように

 


穴の中のくらやみに

まぎれたくなるときも

 


闇夜に遠く灯りがちかりと

みえたときの安堵も

 


わたしには

 


水面をゆらす風

水晶玉のようにみせる

朝の光

 


地中も

地上も

天の光も

 

 

 

水がつないでいると

思った

 

 

 

あめつち

田歌よ

うたえやうたえ

 


あなぐらにすむものよ。

 

絵askoizumi

詩chisakokita

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ペットボトル

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ペットボトルというのは

高校生の時分は輸入食品店で買うもので

山登りでなんて便利なんだろう!とおしゃれな後輩が発見して一緒にそれを持って登っていたのです。

当時はエバニューの水タンクという昭和なデザインの、小さくならないかさばるものに2リットルずつ水を入れて

イチイチリュックを開けて休みのたびに飲む。

よく考えてみたら中学生のときの運動部では水はのむな!といわれ山行中もそうだった。

時代が変わってわたしたちの身体も変わったのか。。いやそんなことはない。

 

最近ようやくこの自粛の後押しもあってか、炭酸水の機械を買ったのでペットボトルを買わなくなり。

(水は大事よ、水道水じゃない水を飲んだ方が良いですよ、と言われ、従えばまた容器について考えなければいけませんが)

 

夫はあったときからいつもアルミの水筒を持ち歩いていて、いまは茶葉をいれておける

中国式の水筒を持っている。

水筒も昔にくらべたら本当にいろいろ便利なものがでているけれど、案外子どもの小学生の時の水筒が優秀だったりして。

 

とにかくいまペットボトルにもう一度私はかつての栄光を与えてあげたい。

ありふれたものでなくとても貴重で繰り返し使いたくなるものに。

 

ということを半身浴しながら、朝考えていた。

ブルーのペットボトルの水をのみつつ

 

 

 

第八森の子どもたち

 

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「第八森のこどもたち」

 

 

 

すこしゆるまってきたのかもしれないけれど

三月からずっと学校もなかった。

大好きな図書館もやってなくてかなしい

 

気候のよくなっていく季節、街中とはいえいくところもなくなってこどもたちと一緒にいつもより山歩き森歩きをするようになっている。

 

ふと朝起きるとなんだったかと起きては感じる。

コロナ関連のニュースや人と会えない状況、こどもたちが家にいるのに気がつくのだけれど、そんな状況の中でたまにストレスを、かかえているのは大人の方だけで(実際はわからないけど)

こどもは、少なくともわたしの子はどうにかして楽しんでいる。

 

有事、といわれるこの状況の中で

 

柔軟に柔軟にたのしみをみつけては

また子どもなりの視点でいまをみている。

 

 

先日、藤原辰史さんのzoomトークをきいていた中で、

スペイン風邪pandemicのときの記録というのがとても少ないと言っていた。そしてそれもこどもの記録。戦争もあったからだと思うが

 

そして他の方(だれだったか忘れた)が

疫病の文学というのはペストの他にあまりない、みたいなことをいっていた。

 

ハードなことは

そうでなくなったとき忘却しようとする。

言葉に残しておかないと思い出せなかったり、

この一ヶ月、二ヶ月とびっくりするくらい感覚も空気感も違う。

そして忘れている。ふだんならあっという間の

日々もいやいまもあっという間なのだけれど

あまりに感覚のうつりかわりの激しさに

身体と心がついていってない。

 

 

 

この物語もこどもの視点でかかれた

オランダの戦争中の生活の話。

いろいろ事件はあるものの

淡々とすぎていく日常。

というか

有事といわれるなかでもどうにかして

対応しているのは大人よりこどものほうなのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

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かつて繋がっていた月のしずく

 


わたしの手のひらに

ときおり

おもいださせるかのように

ぽたりとこぼれる

 

 

 

 

 

 

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keyword
手のひら/こぼれる/まわる/6 .
絵 @ichiichi_a
言葉 @chisakokita .
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月曜から数えて
はにほへ
木曜
keywordからお互いの場所、その時波に乗ってかたりかけてくる絵。そして言葉。投函してゆきます。
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#はひふへほのヘーン #はにほへとヘーン #絵と言葉heen #毎週木曜更新
#手 #掌 #月の雫 #巡る #環る

 

 

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胎内記憶というものを

持っているようなそんなこどもでは

なかったけれど

 

6という数字がどうしてもお腹の中の赤ちゃんにみえます。

 

うまれたての赤ちゃんの完璧さに

毎回毎回身が悶える。

 

私もかつて完璧だったのです。

自己批判も傷もなく

あるがままでよしとできる。

 

こないだ誕生日がきて

お祝いしてもらうことが

ほんとうに嬉しくてありがたくてどうして誕生日というものは特別なのかしら。うまれたての感覚を思い出そうとしてるのかしら。とかんがえる。

 

 

 

偶然的に私の前にあらわれた言葉は(今回は数字も)偶然のようで偶然じゃないような

 

ぐっと目をこらえてみえにくいものをみる

いまの世の中もそんなことばかり

大切なものは雑音や

プロパガンダ」的に同調圧力のように

ささやかな声をかき消していく。

 

私のやることはそこの分厚いカーテンのような布越しのものでさえ目をこすってみていくことなんじゃないかしら。。

協調性のない頭や心を超えたどこかの身体の器官で。

 

そして

わたしのまえにおちてくるもの偶然を装って落ちてくるもの。

手のひらにおさまる分だけうけとめる

あとは落ちても大丈夫。

ちゃんとうけとめる人がいます。

そこの役割まで担わなくても大丈夫。

 

偶然がなにかもうわからなくなった。

必然。

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お茶の束と。

 

 

 

 

アフリカ旅日記

 

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アフリカ旅日記
ゴンべの森へ
星野道夫

星野さんは写真もだけれど文章が大好きで、私の学生時代法然院近くのちいさなちいさな自然観察のギャラリーで個展をされててお目にかかったことがある。人柄は想像した通り文章そのままのあたたかい方だった。

たぶんそのちょうど直後にジェーングドールに会うことになってアフリカに旅に行った時の記録。
この新型コロナのpandemicにあたってよくジェーングドールの記事をみかけたので
思い出した本 .
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「人が旅をして、新しい土地の風景を自分のものにするためには誰かが介在する必要があるのではないだろうか。どれだけ多くの国に出かけても地球を何周してもそれだけでは私たちは世界の広さを感じることはできない。いやそれどころかさまざまな土地を訪れはやく動けば動くほどかつての無限の広がりを持っていた世界が有限のものになっていく。誰かと出合い、その人間を好きになった時風景は初めて広がりと深さを持つかもしれない」

アラスカの日々はもう旅ではなく
日々。旅ということの認識をかいているのが印象的。

チンパンジーを愛するグドール
クマを愛する星野道夫
こういう植物や動物たちへの愛にあふれている人に憧れる。

いつのまにか最近アフリカに惹かれてるような気がする。
地理にも疎いのでゴンべの森のあるザイールが
今のコンゴ共和国だということに改めてきがついた。

星野さんの本は
イニュニック
長い旅の途上
旅をする木

もし機会があればガイアシンフォニーにも亡くなられたあとの、星野さんを辿るドキュメンタリーがある。

福音館書店の写真絵本も名作がある。

#bookcoverchallenge #myrule #星野道夫

 

水 鏡 循環

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いつかのわたし

あのときのわたし

みるけしき

きくけしきに

とびこんでくる

 


苗を植える前の水田に

月がまあるくうつる

 


喜びの種を

かなしみのたねを

 


なにをまくかは

わたししだい

しらずしらずに

まいたたねは

こうやって

月とともに

わたしをうつしだす

鏡のようにうつる

水面をゆるやかにこわす

蛙の跳び

 


わたしのかなしみと

ともにはばたいてくれる

一羽の白鷺

一度まかれたたねも

草になり

種になり

またときはなたれることを

知っている

 


循環の前の

のびあがる前の

水のひろがりは

 


そのはてしない世界の存在を

きづかせてくれる

 

 


#満月#水田#♾#インフィニティ#八十八夜#鏡#水の国