かやつりぐさ

綴文字 紡グ詩

紅茶の時間

 

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写真はあかね軒さんの桜餅、菜の花

 

 

鶯が初鳴きするのをきいた朝

 

唖者は

唖者の言葉をきく耳を周囲の人が待ってるとき

唖者は

唖者ではない

真木悠介、気流の鳴る音、より

 

聴く耳を持つものがそこにいる

唖者という言葉はあまりよくないかもしれないが、少なくとも話がうまくできないというコンプレックスをお持ちの方は私もふくめて少なからずおられるだろう。

 

私は、一緒にいてなにか話さなくていいという友が20歳前にできて無口だったのが不思議とようやく話せるようになった。

 

多分波長があうというか、話すこと以外でなんとなく居ごこちがよいと、不思議と言葉もでてきたのかもしれない。

 

 

•ただ話をきく

•ただお茶をだして

•その人のすてきなところをみつけたらつたえる

 

 

紅茶の時間を主宰する

水野スウさんはその3つが私のしてること、とおっしゃった

 

 

誰が来てもいい無料の場所

子育て仲間がほしくてはじめていまは流行らないけれど。といいながら

流行らないからこそ少人数でポツポツと

毎週家を開けているらしい。

 

 

わたしには同じようにできないけれど

as it is

あるがままで

何気ない日々の中でめざすところは

そのような光のようなところ。

とめどなく励まされた。

 

 

子どもの頃、

銀座月光荘がスウさんにとってのその場所

自分のあるがままで素敵だよ、と言われたその感覚を手に場所を変えて

次は自分がそれを伝える立場になる

 

場を作っていくこと、お茶を淹れること、すばらしさを伝えていくこと、

 

 

 

 

スウさんの話は憲法へと続く。

その話はまたあとで