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かやつり草

日々の、おもいたつこと

生きる言葉を延ばすために





誕生日になると
何か目の前にメッセージがふとやってくることがある。



何気なく普段みない本棚にある大昔にいただいたちいさな詩集をひらくと目に入ってくる言葉。



、、、、
ひとが
ひとでなくなるのは 
自分を愛することをやめるときだ。
自分を愛することをやめるとき
ひとは他人を愛することをやめ 
世界を見失ってしまう

自分があるとき 
他人があり 
世界がある。

、、、、

この詩は
詩人吉野弘が娘の誕生のときにかいた詩だとおもわれる。娘に祈る思いでできたものだろう。


生まれたからに人は生きていかなければいけない。
生きる喜びもあれば生きづらい辛さもある。
こうなれば幸せになる、ということでもないし、逆境だからといって不幸せだということでもないだろう。


得る言葉、放つ言葉によって人は生かされていくのだとおもうし、
私は私の味方でいようという決意のようなものをこの詩から感じる。

うまれたての幼い子をみて本能的に喜びを感じるのはどこかで遠くの自分の記憶を思いおこすからかもしれない。


誕生日おめでとう、とひとから言われるのはうれしい。(先日もたくさんいってもらいとても嬉しかった)ひとにいうのも嬉しい。

でもまずは、私に、私よ誕生日おめでとう、といおう。これまでよう生きてきた!おめでとう。おめでとう。

「かちとるにむつかしい、はぐくむにむつかしい自分を愛する心」のために








奈々子へ  吉野弘

赤い林檎の頬をして 
眠っている 奈々子。

お前のお母さんの頬の赤さは
そっくり 
奈々子の頬にいってしまって
ひところのお母さんの 
つややかな頬は少し青ざめた
お父さんにも ちょっと
酸っぱい思いがふえた。

唐突だが 
奈々子
お父さんは お前に
多くを期待しないだろう。
ひとが
ほかからの期待に応えようとして
どんなに
自分を駄目にしてしまうか
お父さんは はっきり
知ってしまったから。

お父さんが 
お前にあげたいものは
健康と 
自分を愛する心だ。

ひとが
ひとでなくなるのは 
自分を愛することをやめるときだ。
自分を愛することをやめるとき
ひとは他人を愛することをやめ 
世界を見失ってしまう

自分があるとき 
他人があり 
世界がある。

お父さんにも 
お母さんにも 
酸っぱい苦労がふえた。
苦労は 
今は 
お前にあげられない。

お前にあげたいものは 
香りのよい健康と
かちとるにむづかしく 
はぐくむにむづかしい
自分を愛する心だ。