虫が喰ったようなちいさなちいさな覗き穴をのぞいてみる。
薄暗いベールに隠れたような先にある風景を眼をこらしてみてみる。
おぼろげに儚げにでも“それ”がみえたときの喜び
'そこ'にあるものは今はっきりとは現されてはいないけれど
“みようとする心の動きと身体の動き”の
そして、そのもののプロセス
本当は、すべて知っている自分自身のことも神様はあえて
あまりわからないようにしているのかも、と思うときがあります。
私たちはおぼろげな世界にいるのかもしれません。
それはろうそくを灯す世界になにか懐かしいような
安心感を憶えるように。その薄暗い中のほうが忘れていた思い出や
願いを思い出すような感覚。
そしてstillroomという場所を繋いでいっている千鈴さん
そしてお話の場面が変わるように一章ごとに決まっていったguestのみなさん
それぞれにまさにstoryがありました。
さて9章。銀河鉄道の夜の最終章にして物語の中で非常に長い章でもあります。
銀河を、そしてまさに夜、あの世とこの世の、現実なのか非現実なのかわからない世界の中で
抽象的でありつつも大切な言葉のエッセンスをところどころで登場人物たちが語ります
“なにがしあわせかわからないのです。ほんとうにどんなつらいことでもそれがただしいみちを進むなかでのできごとなら峠の上がり下りもみんなほんとうの幸福に近づく一あしずつですから。”
“ああそうです。ただいちばんのさいわいに至るためにいろいろなかなしみもみんなおぼしめしです”
だれも悲しみや苦しみは望みません。けれどそんなことがおこったとき嘆くことは必要で傍らにそれをきいてくれる友人であったり、カフェで出会った人であったり、もしくは一人孤独に落ち込むときもこの物語の一節だったり、その中できいたメロディだったりがあり、嘆き悲しみのはてには必ず希望や祝祭があるような気がしてなりません。
roomは、ひとまず幕を閉めますが、そういう部屋のようなものがみなさんお一人お一人のうちにありますよう、祈ります。
12/10
room /stillroom
yuko kunomura
chisako Kita
orito Kita